「君が代のすべて」の覺書き

君が代のすべてキングレコード国歌, 前場コウ, 陸上自衛隊中央音楽隊, エッケルト, 野中図洋和, 海上自衛隊東京音楽隊, 青木凱征, 芝祐靖, 石川高, 八木千暁このアイテムの詳細を見る

近衞秀麿が編曲・指揮した「君が代」目當【当】てに買つたのだが、想像以上に樂しめる内容であつた。莊嚴な「君が代」、雅びな「君が代」、華麗な「君が代」、纖細な「君が代」、勇壯な「君が代」等々、此れだけあればどれか一つ位は好みのメロディがあるだらうよ〜と言はん許りに26通りの「君が代」がお待ちかね。ネオロマンスゲームを思はせる。

CD附屬の解説の册子も、讀【読】んでゐて( ・∀・)つ〃∩ヘーヘーと感心する事が多かつた。本來は國際社會【会】に於る日本人の嗜みとして、義務教育を受けた者なら誰でも知らなくてはいけない事なんぢやね?と思はない事もない。

「君が代」恐るべし・旋律編

「君が代」は、日本人が昔から好んできた旋律を巧みに練り込んであるとのこと。だから、海外で「君が代」を聞くと感動するのだらうか。

(略)日本人の伝統的音感の基礎を支えるもの、日本人にとって最も日本らしいと感じられる音の動きとは、半音5つ分の音の動き、即ちミからラヘ、シからミへ上がる動きやその逆の下がる動きなのだ。そしてその途中にもうひとつ音を入れるその入れ方にヴァリエーションを作ることで、民謡や近世邦楽や雅楽を差別化してきたのが日本人の音楽というわけなのだ。

となれば、「君が代」の旋律がいかに日本の国歌に相応しいかは、もう既に明らかだろう。何しろそれは、ミからラヘ持ち上がるという、日本人の音の遺伝子の核の中の核という動きをふんだんにちりばめ、しかも その途中にソを配して民謡音階のミソラの動きをなぞっているのだから。まさにそれは日本人の心の琴線にいやでも触れる音型なのであり、(略)

「君が代のすべて◆君が代、またはミソラの力 片山杜秀(音楽評論家)」9〜10頁

「君が代」恐るべし・歌詞編

(略)「君が代は 千代に八千代に…」という歌詞の原歌は、今から約千百年前の延喜五年(九〇五)、当時の名歌を集めた「古今和歌集」(以下、『古今集』と略す)の中に「賀」(長寿祝賀)の歌として筆頭に収められている。

わが君は 千代に八千代に 細れ石の巌となりて 苔のむすまで

(略)しかも「古今集」に「読人しらず」とあるのは、当時すでに誰が詠んだのか知られないほど古くより、いわば民謡のように歌い継がれていた名歌だからこそ、初めての勅撰(天皇の勅命による編纂)和歌集に採用されたのである。

「君が代のすべて◆君が代歌詞の来歴 所功(京都産業大学日本文化研究所長)」11〜16頁

「わが君は〜」の「わが君」の部分は平安の終りには「君が代は」と變【変】はり乍らも、田樂能・謠曲・淨瑠璃・小説・地方の民謠・能樂・地歌・箏曲・三味線音樂など、時代を超えても色褪せる事なく色々な場所に顏を出すのであつた。此のことは何を意味するのかと云へば、

(略)要するに、明治時代になって、突然「君が代」の歌を探してきて、国歌に制定して、それを国民に押しつけたのでなく、千年の長い時間を生きつづけ、貴族から下層階級にいたるまで、超階級的に歌われ続けていた歌詞を、明治になって、誰でも歌える曲で、しかも千年の伝統を持つ音階で作曲されたものであることを再確認しておきたい。(同上)

春榮で聞いた事があつたものの、これほど廣範圍【広範囲】に渡つてゐるとは思はなかつた。議論するのならば、少なくとも此の册子に書いてある様な、基本的な事柄を踏まえた上ですべきではないだらうか。

どちらにせよ、いい大人が然るべき「式」の國歌齊唱・國旗掲揚時に立たないなんて、みつともなひ行爲だけは早々になくなつて欲しい。葬「式」の時に派手な服を着て來るやうなものではないか。今思へば、立たなかつた學生時代の自分の行ひは恥ずかしいものだつた。

記入時刻
2006年04月17日23時26分05秒
カテゴリー
クラシック・TV・映画・趣味
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