追悼2005 高台寺党

138年前の本日、旧暦にして11月18日、伊東甲子太郎・藤堂平助・服部武雄・毛内有之助の四名、京都は油小路にて新選組の襲撃により死亡す。志士は溝壑にあるを忘れず、勇士はその元を喪うを忘れずと云えども、最期に胸中に去来せしは如何なる思いか。
志半ばに斃れし彼らに安らかなる眠り、或いは新たなる生が与えられんことを祈りて。




それにしても、去年の今頃はかろうじて伊東甲子太郎・藤堂平助という名前は知っていたものの、彼らのその後には特に興味なかったというのに、幕末恋華新選組(堂々と公言しづらいものがあるが)をきっかけにここまで幕末(主に新選組・東軍)にはまるたぁ、お釈迦様でもご存知あるめぇというものでございます。藤堂平助にいたっては一番興味のある(と、ブログには書いておこう)歴史上の人物になってしまいました。
しかし、歴史物というのは入り口はあっても出口はなく、道はあっても終点がない厄介な代物でして、一体何処まで行けるやら。

戒光寺には必ずいつか詣でたいものである。…この二ヶ月のあいだに二回会津へ行っちまった要領で、さっくり行っちゃいそうだが。

記入時刻
2005年12月13日16時09分20秒
カテゴリー
◎新選組・幕末
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