「ヴィオラ山羊はヴァイオリン羊の星をみる・1/2」金色のコルダ2二次小説

※「金色のコルダ2」と「二次」が分からない人には意味不明小説
※ネタばれ注意
※加地と主人公の話だが、時期が時期だけに友情話という段階
※台詞に恥ずかしいものがあってもそういう仕様なのです



「変な音だ」
学院の創立祭が間近に迫った或る日の夕方は音楽科棟の屋上。学院の創立祭でアンサンブルを披露することになった春のコンクール参加者達だったが、全き完成など決して有り得ないにしても、限られた時間と期間の中にしては申し分のない領域まで彼らの音楽を高めることに成功していた。これならばOGやOBなど学院関係者の前で演奏しても恥ずかしくはないだろうと、その場にいた誰もが感じていた筈だった…一人を除いては。

恐らくは誰にも聞かせる筈もなかったであろう、ごく僅かな加地葵のその呟きが日野香穂子の耳に入ってきたのはある意味で奇跡であった。香穂子がヴァイオリンを仕舞う手を止めて振り返ると、加地は既に帰り支度を済ましていて、屈託のなさを装った笑顔で挨拶をしながら、屋上の入り口の扉の向こうに消えた。何となく肩が落ちて見えたのは気のせいだろうか。香穂子の他に加地の独り言に気づいた者はいないようだった。

香穂子はヴァイオリンを傷つけないようにだけは注意しつつも、挨拶もそこそこにバタバタと後片付けをすると、急いで加地の後を追う。加地の聴覚は鋭敏だ。問題がないように聞こえても、彼だけには何か感じられたのではないか。しかし、加地はあの場にいたくないからなのかいつもよりも早足で、ようやっと追いついたのは校門近くの並木道だった。

「ごめん、君が追いかけてきていることに気づかなかった。何かあったの?」
香穂子が理由を説明すると、加地は罰の悪そうな顔をした。
「気を悪くさせてごめん。あれは僕のヴィオラの音に対して言ったことなんだ。結局、最後まで違和感が取れなかったなって思って」
「違和感?」
「まるでダイヤモンドの原石が互いを磨きあって美しい輝きを放つダイヤモンドの宝石になるように、君達の音は日毎に洗練されていった。でも、それはダイヤモンドとダイヤモンドだから出来ることなんだ」
そして、僕はダイヤモンドじゃない。加地は眉目秀麗・長身痩躯・文武両道・春風駘蕩と煌びやかな四字熟語が目白押しに当てはまる類まれなる人物で、且つ父親が代議士で金持ちなど実に恵まれた境遇にいながら、音楽に対しては異様なほどの劣等感の持ち主であった。

加地よりずっと何も持っておらず、何一つ楽器を演奏出来ぬ者などいくらでもいるだろう。その者達が加地のように劣等感を抱えて生きている訳ではあるまいに、畢竟この世の幸不幸は気の持ちようなのかもしれぬ…とまでは流石に、十代半ばを漸う過ぎたばかりの香穂子は考えないけれど、
「加地君も参加した教会アンサンブルコンサートは、高校生だとは思えない演奏だったって評判だったじゃない」
「あれはアンサンブルだったからだよ。ソロだったら、とてもじゃないけど人様に聞かせられるような演奏じゃない。その点、みんな凄いね。春のコンクール参加者ばかりだから当然だけど、単独でも充分人を魅了させる演奏だ。持っている者と持っていない者の差を実感させられる…でもそれが却って幸いしているかな」
どこか、諦観した微笑みを浮かべる加地。
「半端に持っていたら、『アマデウス』のアントニオ・ササデウスのように、嫉妬に狂って取り返しのつかないことをしかねない。モーツァルトのように音楽の神に愛された者を詰まらない嫉妬で死に追いやるなんて、悔やんでも悔やみきれないよ」
『アマデウス』は昔の映画で、宮廷音楽家アントニオ・ササデウスとモーツァルトを巡る話である。モーツァルトの天賦を見抜くと同時に、己の限界をも見抜いてしまった秀才の悲劇の物語だと言える。モーツァルトを破滅の末に死なせた彼は悔恨にまみれ、ひたすら転げ落ちるばかりの半生を送ることになる。

「私は加地君のヴィオラ、華やかで好きだよ」
「有難う。君がそう言ってくれるのはとても嬉しい。嬉しいけど」
「嬉しいけど?」
こんな遣り取りは何回目だろう。香穂子は少し苛苛する。加地の演奏に対する周りの評価は実のところ悪くない。音楽に対しては容赦のない、あの月森蓮や志水桂一でさえ認めているのだ。なのに、当の加地だけが頑として認めない。香穂子や皆がお世辞や慰めを言っているとでも思っているのだろうか。香穂子は加地を見据えた。

記入時刻
2007年04月15日23時14分19秒
カテゴリー
○金色のコルダ2
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